2017年4月25日火曜日

斎藤強三さんらの「ひらがな標準配列」

梅棹忠夫さんの『知的生産の技術』(p.142)でもふれられている、斎藤強三さん(1899-1989)らのひらがなタイプライター用の「ひらがな標準配列」の仕様をしらべることができた。

ひらがな・ローマ字のコンビネーション タイプの仕様は次のとおり:

ノーマル面:
ぬへふひはほもまみめやゆ
 けくきかこのなにおえよ
 てつちたとんあいう゛を
 せすしさそわらりるれ
※ 各指で子音をそろえている。
  
シフト面:
023456789むゃゅ
 qwertyuiopょ
 asdfghjkl゜ね
 zxcvbnmっ。ろ
※ 1はlで代用か。

設計は1963年頃のものになるよう。「50音配列」ともいわれていたそうで、
  • 左手側に濁点のつく字を配置、
  • 50音の行ごとにキーをまとめる、
という構成はスティックニーの原則のまま。ひらがな専用タイプではシフト面で小書きの「ぁぃぅぇぉ」などもうてるようにされていたよう。

ドボラック博士とも交流のあった川上晃さんとの共同開発とのことで、斎藤さんも「ひらがな標準配列」をドボラックの研究を参考にして開発した、とされている。スティックニーの配列からの明確な改良点としては、濁点の位置を上段から中断にうつされている点があげられるだろう。また、出現頻度のひくい文字のおおい、は行やま行のキーを最上段に配置していて、上中下3段でなるべくおおくの文字を入力できるようにしたことがうかがえる。

ただ、Dvorak配列から類推されるような新JIS配列のようなものにはされなかった点は興味ぶかい。実際には、スティックニーの原則を保持したまま、 各指で子音をそろえ、よりおぼえやすさを重視して、コンビネーション タイプにされたものになっているようにみえる。

当時すでにあったコンビネーション タイプのカタカナ タイプライターは、スティックニーの配列のシフト面のカナを右外においだしてしまっていた。そのため、50音の行ごとのキーまとまりがくずれてしまっていた(それがのちに改悪といわれているJIS配列になってしまった)。「ひらがな標準配列」では、その点を一番の問題とされたのだろう。

もっとも、コンビネーション タイプではさけられないとはいえ、「ひらがな標準配列」は、「やゆよを」を4段10列の外側に配置してしまっている点では、スティックニーの配列よりも不利にみえる。梅棹さん自身はひらがなタイプライターでもカナモジカイのスティックニーの配列をつかわれつづけたことが『知的生産の技術』のなかにしるされている。

3段10列のニュー スティックニー配列では、ノーマル面とシフト面でなるべく子音をそろえる、ということをしている。各指の子音をそろえる、という点では「ひらがな標準配列」とちかいもののようにおもう。ひょっとすると斎藤さんなら、ニュー スティックニー配列にたいして、まだ性能よりに配列をつくりすぎ、という指摘をされるかもしれないとおもったりしている。

参考文献: 『ひらがなタイプライターの文字配列』ほか, 美しい日本語を求めて =ローマ字運動と共に生きる=第2集, 斎藤強三先生の90才を祝う会, 1989.


2017年4月21日金曜日

梅棹式表記法のための日本語入力システムをかんがえる(その2)

※ 今回は表記の実験もかねて、です・ます調ではなく、だ調でかいています。

 今回は、前回にひきつづいて梅棹式表記のための日本語入力システムについてかんがえてみたい。現在主流の方式は、まずよみを入力して漢字かなまじり文に変換をして、本文中に挿入していく、という方式だ。しかし、梅棹式のようなひらがなのおおい文章では、よみを入力して、けっきょくひらがなに変換(確定)して入力していくということになって能率がよくない。
 そのため前回は、よみを入力して漢字に変換しながら本文中に挿入するのではなく、入力ずみのひらがなを漢字に置換するという方式(置換変換)を実際にためしてみるところまですすめた。置換変換では、タイプしたひらがなは本文中に直接入力されていく。漢字にしたい単語があれば、その単語の末尾で[変換]キーをおす。そうすると、IMEは、カーソルの位置から前方に本文中のひらがなをよみこんでいって、辞書からみつけだした最長一致する単語に置換する。よみを漢字に変換して本文に挿入するのではなく、本文中のひらがなを漢字に置換する、という点がおおきなちがいだ。実際にためしてみると、なかなか、つかいがってがよいことがわかってきた。

文節変換は小学生にはむずかしい


 前回は日本語の表記をユーザーが制御する、という観点から現在主流の文節変換方式については考慮しなかった。文節変換の歴史はふるく、日本語ワープロとしてはじめて商品化されたJW-10は、文節を指定して漢字かなまじり文に変換する方式をすでにサポートしていた。これは天野真家さんの研究による部分がおおきい。
 しかし「文節」という概念は小学生ではならわない。中学生になってはじめてならうのだそうだ。しかも、橋本文法による文節という概念をそもそもおしえるべきなのかどうかさえ、国語の先生がたのなかでも意見が統一されているわけではないらしい(『国語の授業と日本語文法』, 百留康晴, 2011)。
 JW-10には文節指定モードのほかに、もうひとつ漢字指定モードというかな漢字変換モードが用意されていた。その理由の1つとして、『「文節」というような専門用語を一般の使用者に理解させる困難を回避できる』という意義をのべられている。漢字指定モードでは、「くうきはきたいです」という文を入力するとき、
[漢字]くうき[ひらがな]は[漢字]きたい[ひらがな]です。
のように入力する。ちなみに、前置の[漢字]キーの操作をなくすと、キー操作は置換変換とおなじになる。
 富士通のワープロOASYSも、当初は文節変換ではなく、よみの単語(熟語)への変換とひらがなへの無変換をくみあわせた方式をとっていた。「くうきはきたいです」という文を入力するときは、
くうき[変換]は[無変換]きたい[変換]です。[無変換]
のように入力する。これも、[無変換]キーの操作をなくすと、キー操作は置換変換とおなじになる。
 どちらの方式も漢字にするか、ひらがなにするかの決定は完全に著者にまかされている点は興味ぶかい。文節変換の技術を先行して確立していたにもかかわらず、JW-10に漢字指定モードも用意したのは、この点を意識してされていたことがかかれている。
 置換変換は、tsf-tutcodeやuim-tutcodeでは後置型変換というように、漢字のはじまりの指定をなくし、かわりに[変換]キーがおされたときのカーソル位置から前方に最長一致で単語変換をするものとみてもよいようにおもう(より高度な解析をおこなってもかまわないが)。おなじ例文を入力するときのキー操作はつぎのようになる。
くうき[変換]はきたい[変換]です。
この方法で単語のくぎりが想像以上にうまく判定でき、結果的に不要になった確定操作もふくめてキー操作の回数がへっているのが、梅棹式表記による置換変換のあつかいやさにつながっているようにおもう。和語の用言も漢字にする、ということだと、「はきたい[変換]」から「履きたい」に変換される可能性がでてくるが、梅棹式表記ならその可能性はない。
 じっさいのところ、小学生は文節変換をできるのか、ということについては、
「よく行われている変換のタイミングは、字種の変わるところです。例えば、漢字からひらがなに変わる箇所です。なぜか、ひらがなから漢字になるところでは変換しません。」- 『変換のタイミング/日本語変換のコツ, 小学校でのパソコン授業
と、情報教育アドバイザーの広田さち子さんがかかれている。置換変換方式で[変換]キーをおすタイミングは、小学生の直感ともわりとちかいようだ。これを文節変換のIMEでされると誤変換になってしまう。

そのほかの可能性


 もうひとつ、小学生たちにもつかいやすいとおもわれる漢字かなまじり文の入力方式は予測変換だろう。文を入力しながら、目的の単語がでてきたらそれを選択して入力していく方式で、文節のことは、やはりかんがえなくてよい。ただ、この方式でも、予測されてでてきた候補のなかに目的の単語がなかったときには、けっきょく変換操作が必要にある。また、つねに画面の候補をみながらことばをピックアップしていく、という作業が必要で、おもいついたことなどを一気に入力してしまいたい、といった場面ではむしろ面倒なようにもおもう。置換変換でも予測変換は併用できるので、このあたりはどちらもうまくつかえるようになっていると、よいのかもしれない。

1音の動詞は直接キーボードから入力する


 梅棹式で和語の用言で漢字をつかってもかまわないのは、1音の動詞だけだ。しかも、漢字をつかわなければ意味を判別しにくい場合にかぎられている。「うむ」は「生む」と「産む」をつかいわけることがあるけれども、漢字をかきわけないと意味が判別しにくくなるということはない。梅棹式ではこういった和語ではおなじものを漢語に翻訳するかのような感覚的なものは、すなおにひらかなで「うむ」とかくようだ。
 梅棹さんが例としてあげているのは、「切る」と「着る」のようによみはおなじだけれども意味に関係のない1音の動詞だ。ほかにも「買う」と「飼う」のようなものがおもいつく。「さかなをかいたい」という文があったときに、これが「魚を買いたい」なのか、「魚を飼いたい」なのかは、前後の文脈がなければ判断することはできない。最新のかな漢字変換エンジンでもこういった部分は誤変換をすることがあるようだ。
 つまりこういった1音の動詞は、よみから漢字に変換する方式ではどうしても誤変換がさけられない場面がでてくる。だからわざわざ梅棹式でも漢字をつかうことがゆるされているのだろう。もしキーボードで直接目的の漢字を入力できれば、誤変換の問題はさけることができる。そうはいっても、こうした漢字がおおいようだとむずかしくなるのだが、梅棹式でじっさいに必要なのは、以下のような動詞に限定されるようだ。

  • いる 射・(入)
  • うる 売・(得)
  • える 得・(獲)
  • おう 負・(追)
  • おる 織・(折)
  • かう 買・飼
  • かく 欠・(書)
  • きる 切・ 着
  • たつ 裁・(断)
  • とく 解・説
  • にる 似・煮

このなかで括弧のなかにある漢字は通常はひらがなでかいてしまう。けっきょく漢字でかかないといけない場面のでてくる1音の和語の動詞はあまりないようなのだ。これくらいなら容易にキーボードから直接漢字で入力することができる。たとえば、かな配列の場合は、\キーを前置キーとしてつかい、

* \ き → 切
* \ [Shift]+き → 着

といった具合に入力する。「か」は「買・飼・欠」と3文字あって、シフト面が1つだとおさまらないので、

* \ か → 買
* \ [Shift]+か → 飼
* \ け → 欠

といったぐあいに連想しやすい「け」に「欠」をわりあてている。(親指シフトのようにシフト面が2面あるような配列なら、「欠」も「か」にわりあてる。)
 プログラミング言語でも、\nで改行をあらわしたり、\tでタブをあらわしたりする言語がある(エスケープシーケンスとよばれている)。上記のような入力方法は、直接入力可能な漢字の数はかぎられるものの、漢直方式のなかでもおぼえやすいものだとおもう。
 なお、梅棹さんは「まず漢字の訓よみ廃止を」と『現代日本文字の問題点』(1969, 梅棹忠夫著作集18『日本語と文明』のなかに収録されている)のなかでかかれている。一般論としても、よみやすい文章をかくためには、漢字の訓よみをどこまでつかうかは意識しておくべきことのようだ。
 山田尚勇さん(1930-2008)は、「訓読みのものは教育漢字だけにしてあとはひらがなにする」というもしめされている。NHKでも、複数の調査から「訓読みの和語」については、かな表記を好む傾向があることをつかみ、常用漢字表の記載にとらわれず、「弄(もてあそ)・罵(ののし)・遡(さかのぼ)・ 綻(ほころ)・貪(むさぼ)・嘲(あざけ)・蔑(さげす)」といったよみかたのむずかしい訓よみの漢字は「かな優先」という原則をきめたことが報告されている。

モードレスな日本語入力


tsf-tutcodeではその目標のひとつに、
「モード無しで後置型変換を基本とするInputMethodにすることを目指しています。」
ということがあげられている。現在の標準的な日本語入力環境では、ふつうは以下のような3つのモードがある。

  1. 直接入力モード
  2. よみ入力モード
  3. かな漢字変換中モード

モードレスというのは、こういうモードをなくしていこう、ということだ。
 tsf-tutcodeやuim-tutcodeをつかった置換変換では、ひらがなは、つねに直接入力になるので、「よみ入力モード」がなくなっている。そのため、誤変換してしまったときでも、ワープロやテキスト・エディタの「元に戻す(Undo)」をつかえば、もとのひらがなにもどすことができて、IME専用の特別なキー操作は必要なくなっている。モードレスのよさはこういった部分だ。
 ここまでくると、「漢字変換中モード」もなくしたい、とおもうようになってくる。画面表示については、選択範囲の表示とくみあわせてアプリ側に完全にまかせてしまうような実装もおもしろいようにおもう。イメージとしては、
生きがいろん
というところで[変換]キーをおしたら、
生き概論
のようになり、「概論」の部分が選択されていて、カーソルは選択範囲のひだりはしに移動している、というような方法だ。ここでShift-→をおすと、選択範囲がちいさくなって、
生きが異論
とかわって、さらに、もう1回Shift-→で、
生きがい
となる。選択範囲をちいさくする方法が、通常の編集時とおなじになっている、という点がだいじな部分だ。この方法では、[変換]キーをきっかけとしてつくられた範囲選択中に文字キーがおされたら、置換ではなくて、範囲選択のとりけしと、文字の追加という動作になっていてほしいとおもうが、こういったことはIME側で制御できるのではないかとおもう。
 英文のテキスト処理でも、挿入モードと置換モードをどうとりのぞくか、というのはもっともむずかしく、すぐにはこたえがみつからなかった("User Interface: A Personal View", Alan Kay, 1989)、というくらいなので、きちんと実験ができるとよいとおもう。どちらかというと、プログラムがシンプルになるという部分がおおきな利点になるのかもしれない。

まとめ


 置換変換と梅棹式表記をつかうようになってまだ3週間弱といったところなのだが、じつはすっかり気にいってしまっている。一番の理由は、わざわざひらがなのよみを入力してひらがなに変換(確定)するというムダな作業をしなくてよいからだとおもう。梅棹式表記とあわせて、従来の文節変換よりも単純にかんたんで能率がよいように感じられる。
 置換変換については、小学生のときからつかう入力方式としても、現行の文節変換方式よりもよいのでは、ということをのべた。日本人はITリテラシーのあるひとが他国よりもすくない、ということがいわれる。ただこれはITのリテラシーではなくて、キーボードをつかって作文をする、というもっと基本的なかきかたのリテラシーをもったひとがすくない、という風にとらえるべきだとおもっている。
 リテラシーをもったひとをふやすには、ただ教育の時間をふやすのではなく、より容易にリテラシーをみにつけられるようにシステムをかえていくことがだいじなのだろう。日本人のよみかき能力は、戦後まもなくのリテラシーをもっている日本人は6.2%という状況から、現在は世界のトップ10にはいるほどにたかまってきた(コンピューターの操作をのぞいては)。これは、今のひとが明治・大正時代や戦前のひとよりも単純によみかきができるようになった、というようなことではなく、言文一致運動や漢字制限といった日本語の平明化の努力がみのったものだとおもう。
 明治から昭和にかけて事務のカナモジ化をおしすすめた伊藤忠兵衛さん(1886-1973)が、大正時代に小学校を卒業して入社してきた工員が100%よめない、とかかれた漢字は「練篠、糊槽、綜絖、梭 、筬 、杼、ナド」(『呉羽紡績30年』)で、これらは今でもよめないひとがおおいのではないだろうか。そういった漢字を安易につかってしまうことを年月をかけてあらためてきたことが、リテラシーをもったひとがおおい今の日本につながっているのだとおもう。ちなみに、杼(ひ)はシャトルのことだそうで、宇宙船ということばがよくつかわれているところをみると、大正時代ならひょっとしたらスペースシャトルも宇宙杼とかかれていたりしたのかもしれない(そしてよめない)。
 脱線してしまったけれども、小学生でも容易にキーボードをつかって作文をできるようなレベルまで、キーボードだけでなく、IMEなどもふくめて日本語入力システムそのものをよりかんたんなものにかえていく研究はますます必要になってきているようにおもう。
 また今回は、1音の動詞の入力方法についてものべた。これらは、かな漢字変換方式では誤変換につながりやすい漢字でもあり、できるかぎり簡易にした漢直方式をとりいれてみた。必要な文字数がそれほどおおくないこともあり、漢直をつかうのが適している場面のように今はおもっている。まだしばらく実験をつづけていく予定だ。梅棹さんなら、これらの漢字もつかわないですめばその方がよいといわれるにちがいない。
 日本語の表記をかんたんには制御しにくいワープロの文節変換方式が普及してきたことで、戦後までの50年にもおよぶ日本語の平明化の努力がわすれられたかのように、2010年には常用漢字が200字近く増える、ということになってしまった。ワープロでかかれた文章を調査して結論をみちびけば、常用漢字はふやしてよい、ということになったのだとおもう。しかし、きちんと日本人が漢字をよめているかどうかということをNHK放送文化研究所のようにしらべれば、常用漢字表の記載にとらわれず「かな優先」といった原則がつくられるようになった点は、日本語入力システムにかかわる技術者もあらためて考慮する必要がある点だろうとおもう。
 もちろん梅棹式表記ではひらがながおおすぎる、と感じられるひとはむかしからいらっしゃるようだ。ただ、すこし時間をおいて、自分で入力した漢字かなまじり文を自分でもよめるかどうか、といったことを、あらためてたしかめてみるのもよいようにおもう。
 tsf-tutcodeやuim-tutcodeのように、梅棹式表記のようなものにも比較的容易に対応できるIMEがあるいま、文節変換方式が本当によいものだったのかどうか、というところまでもどって今回はかんがえてみた。文節変換方式を実用化された天野真家さん自身が、別の方式もはじめから用意されていた、という事実はとても興味ぶかいことのようにおもう。
 というわけで、今回はここまでに。その3については、またあたらしい発見があれば。

補足: ツールについて


 tsf-tutcodeおよびuim-tutcode用のツール関連では、漢字辞書について、和語の熟語を辞書から削除するようなツールも用意して、前回よりも梅棹式表記を実践しやすい環境を用意しました。それらをまとめてGitHubから公開してあるので、興味をもたれたかたは、ためしてみてください。梅棹さんの著作などをほかのひとにすすめられるような機会があれば、論文でもブログでも梅棹式表記をつかわれることが一番ではないかとおもったりしています(すでにそうされている論文やブログ記事を数件みかけています)。


2017年4月3日月曜日

『日本語と事務革命』— 梅棹式表記法のための日本語入力システムをかんがえる

 最近になって梅棹忠夫さん(1920-2010)の『日本語と事務革命』をよんでみました。梅棹さんは、著書の『情報の文明学』を2017年3月の中央公論で「これからの時代を切り拓く学生達にも是非とも読んでもらいたい一冊である」と村井純さんがすすめられていたり、ひらかなタイプライターがはじめてできたとき、ワープロのOASYSができたとき、それぞれ開発者のかたから手紙をうけとるような、そんなおおきな存在のひとであったようです。

梅棹さんとキーボード


 『日本語と事務革命』は、おもに事務処理のための日本語の書き方の本ですが、梅棹さん自身がどのように日本語を書いてこられていたか、というながれも、とてもおもしろいものでしたので、簡単にまとめておきます。

1) 英文タイプライターでローマ字がきをされていた時代。(1930年代後半〜)


 高校生のころに自分用の英文タイプライターをてにいれられて、ローマ字で日本語をうたれるようになったのだそうです。むつかしい漢字をさけて、わかりやすい日本語をかかれるようになったのは、このときの経験がおおきいと。「梅棹忠夫の文章はなぜ明快なのか」という論文があるので、そちらも参考に。

 先日、梅棹さんの京都のご自宅だったロンドクレアントで、梅棹さんは、学術探検中にラクダのうえにタイプライターをのせて移動しながらタイピングをされたりしていた、というお話をうかがいました。じつはエクストリーム・タイピングの先駆者でもあったのかもしれません。

2) カナモジ・タイプライターの時代。(1960年頃)


 カナモジというのはカナモジカイのカタカナのよび方だそう。ローマ字でかいた文章は、ほかの人からはよんでもらうときに、あまりよろこばれない。それでもタイプライターはつかいたいと、英文タイプライターからカナモジ・タイプライターに変更されます。このカナモジ・タイプライターのかな配列をデザインされたのが、このブログではよく登場するスティックニーさんです。

 p.121に、スティックニーさんのかな配列表をわざわざのせられています。当時3万円もしてたかすぎといわれたタイプライターの雰囲気を、多少でもつたえられたかったのかとおもいます(この部分の原稿は1960年のもの)。「スティックネー技士」(p.51)をよむと、スティックニーさんがカナモジをとてもよく理解されていたことがつたわってきます。

3) ひらかなタイプライターの時代。(1962年〜)


 いまは小学校ではひらがなからならいますが、戦前はカタカナからならったのだそう。それでタイプライターもカタカナだったのですが、戦後、日常の文章はひらがな主体になりました。そのため梅棹さんは、ひらがなのタイプライターをご自身で開発されようとおもわれていたようです。そんなところへ、京都の斎藤強三さん(1899-1989)から梅棹さんのもとにひらがなでタイプされた手紙がとどいたそうです。斎藤強三さんが、川上晃さん(1921-2001)と共同ですでにひらかなタイプライターをつくられていたことをしって、すこし落胆もされたのだそうですが、さっそくひらかなタイプライターをつかわれはじめます。

余談: 斎藤さんのつくられたひらがなの活字をのせたタイプライターの最初期の1台は石原慎太郎さんのものになったのだそうです。川上晃さんは日本語入力機器の真の先駆者で、日本語の機械速記や漢直なども川上晃さんの開発されたものが最初期のものといってよいのだとおもいます。Dvorak配列のDvorakさんとも親交があったこともあり、石原慎太郎さんにわたされたものは、スティックニー配列ではなく、あたらしい配列になったようです。梅棹さんは、つかいなれたスティックニーの配列をひらかなタイプライターでもえらばれたのだそう。

3) カナかなタイプライターの時代。(1971年〜)


 日本語にカタカナの用語が急速にふえてくると、ひらかなタイプライターでは不充分とかんがえられるようなります。そしてカタカナとひらがなとアルファベットがうてるカナかなタイプライターの開発をはじめられます。1971年はその試作1号機がうごきだした年です。

 高解像度の写真がなく、一部まちがっているかもしれませんが、カナかなタイプライターの配列は3段シフトでおよそつぎのようなものだったようです。(正確な配列がわかるかたがいらしたら、ぜひおしえてください。)

゜ねぬゃゅょっをちつよゆやめ「 
゛ふひになのはたてとあえみむ
 ほへけくかきこんいうらおろ」
 わそせさすしもまるりれ、。

゜ネヌャュョッヲチツヨユヤメ 
゛フヒニナノハタテトアエミム
 ホヘケクカキコンイウラオロー
 ワソセサスシモマルリレ、。

 QWERTYUIOP︙(・'
 ASDFGHJKLァェ)“
 『ZXCVBNMィゥ!ォ?”
 』一二三四五六七八九〇+/

 英数のQWERTYは1段上に、さらに左方向にずれていて、ホームポジションは「き」と「い」になるようです。タイプライターではワープロのように英数/かなでモード切換というのもむつかしく、制約のおおいなかでのデザインになったことがわかります。英数字面にある小書きのァィゥェォなども特徴的です。また、スティックニー配列を愛用されていた梅棹さんらしく、50音の行ごとにキーをまとめたデザインになっているのも特徴のひとつでしょうか。「ぬね/ひふへほ/そわ」を左外にはじいたデザインは、1月にこのブログにのせたあたらしいかな配列で「ぬね/ひふへほ」がシフト面にあるのと同じ理論かとおもいます。

 カナかなタイプライターは40台分の予算を梅棹さんが初代館長をつとめられた民俗学博物館で確保されていたそうですが、残念ながらメーカー側で量産化はみおくられてしまいます。ワープロの時代がすぐそこまでせまっていたのでした。

余談: 一般にも、カタモジ・タイプライターで、ひらがなまではいらないけれど、アルファベットはうちたい、という要求があったようです。そのためシフト面にQWERTYのアルファベットを配置したカタモジ・タイプライターもつくられています。そのとき、もともとシフト面にあったカナモジはキーボードの右外においだされてしまっています。そのため、かな入力はしづらくなってしまったのですが、それをそのままひきついで標準化してしまったのが現在のJIS配列です。スティックニーさんはそんなおかしなデザインはされていない、というのは念のため。

4) ワープロの時代(キヤノワード60)。(1982年〜)


 梅棹さんは、OASYSの製品化時に、梅棹さんの著書を参考にされていたという神田泰典さんから手紙をいただいていたそうです。しかし、梅棹さんがえらばれたのはローマ字入力のできるキヤノワード60でした。高校時代からつかいなれてきたローマ字入力のできるワープロをえらばれたのは、ある意味自然なことだったのかもしれません。

余談: 梅棹さんは、Dvorakの影響をうけた川上さんらの新配列ではなく、スティックニー配列をつかわれつづけた、ということについても、ひょっとするとおぼえておかれたほうがよかったのかもしれません。

ワープロ反動


 さて、カタカナとひらがなとアルファベットだけでなく、とうとう漢字まで入力できるワープロができて、梅棹さんはよろこばれるだろう、とおそらくは神田さんもふくめて、技術者にはおもわれていたようです。しかし、梅棹さんは実際には相当な不満ももたれたようです。

「(ワープロは)日本語の洗練という点では、あきらかにマイナスであった」(p.224)

「日本語の文章における漢字はこの一世紀のあいだ、先人たちのひじょうな努力によって、ようやく現状のところまでへらすことに成功してきたのである。ワープロ技術者たちは、この先人たちの血のにじむような努力に経緯と考慮をはらったのであろうか。そういう歴史があることさえ、しらなかったのではないか。」(p.224)

 ワープロの登場によって漢字の使用率がふたたびたかまってしまったことを非常に問題視されたのです。梅棹さんのひとつの提案は「漢字変換をやめること」(p.229)でした。

第三次事務革命の先頭をきった、と梅棹さんが書かれた呉羽紡績の30年史(1960)から(p227)。

 歴史的には、日本人の識字率は99%といった主張のかげで、じっさいには最低限のよみかき能力(リテラシー)のあるひとは1870年代には8%、戦後1948年の「日本人の読み書き能力調査」では人口の6.2%にすぎなかったことが『占領下日本の表記改革』などでつたえられています。

 日本の文部省は「なかなか進歩的であった」(p.65)と梅棹さんが評されるように、初代文部大臣森有礼は、自国語の教科書さえもそろっていないことを心配して、日本語の表記はアルファベットにしようか、とまでかんがらえたようです。そういうなかで、さいわい、ちいさな「」を導入した「うひまなび」のような教科書もうまれていたのでした。それまでは「ッ」は表記では省略されたりしたことがかかれています。

 1900年には、文部省では上田万年さんらが日本語のかなづかいを表音式に変えることや漢字の制限を一度は決定します。しかしこれはすぐにくつがえされてしまい、表音式のかなづかいは戦後になってようやく実現します。それでもこの年の小学校令で棒引き(長音のー)をつかうようになったことが、いまにつながっていたりすることが山口謠司さんの著書などでふれられています。

 梅棹さんもp.65では、第49代文部大臣の平生釟三郎さんが、漢字をすくなくしたい、勅語もそうしたい、という趣旨を国会で答弁して、発言をとりけさざるをえなかったということに、わざわざふれられています。「日本人の読み書き能力調査」のことは梅棹さんもご自身の著書のなかでふれられていて、リテラシーの問題、日本語の平明化は梅棹さんにとってもおおきなテーマであったことがつたわってきます。

梅棹式表記法


 梅棹さんは民俗学博物館館長をつとめられたあと、ローマ字会の会長をされて、日本語の表記をローマ字に、とうったえられるようになります。ひらかなタイプライターの開発者、斉藤強三さんからの遺言だったそうです。しかし、いまは『日本語と事務革命』の、

「新字論はダメだ、ということが、一つの結論」(p.133)
「(ローマ字は)日本語をかく文字としては、まさに新字の一種」(p.134)

という段階にとどまって、なにができるだろう、ということをかんがえてみたいとおもいます。さいわい梅棹さんは漢字かなまじり文で文章をどうかくべきか、ということも著書にのこされています。「梅棹式」表記法とよばれているものです。

梅棹式表記のルールは、
  1. 漢語は漢字。むつかしいのはさける(常用漢字を意識)。
  2. 和語はかな。1音の動詞で意味が判別しにくいもの(例:切る、着る)は漢字の使用も許容。
「漢字はやめたい」, 『日本語の将来』, p249.

という風にまとめてよいようにおもいます。また用言をひらがなにする、という風に説明されていることもあるようです。

 これなら漢字がすくなくて簡単、と一瞬おもうのですが、実際にはなかなかむずかしいことです。こういった表記法で梅棹さんのように意味がすっとわかる文章をかくには、同音異義語をさけたりといった言葉えらびがきちんとできていないと、ということを梅棹さんの秘書をされていた藤本ますみさんが著書(p.87)のなかでかかれています。

 しかし、とにかく梅棹さんはこのルールで文章をかかれています。そのときに、ワープロのかな漢字変換というのはあまりにもつかえない、というのがワープロへのひくい評価につながったのではないか。そういうことがひとつかんがえられそうです。梅棹さんに、しかられないような日本語入力システムの条件はどのようなものになるだろうと、つぎのような3つの条件をかんがえてみました。

1. ひらがなを変換や確定といった操作をかいさずにベタに直接うてること。

 梅棹さんの提案は「漢字変換をなくすこと」だったわけですから、これはまちがいないようにおもいます。

2. カタカナやアルファベットも直接入力できること。

 カナかなタイプライターのときに、梅棹さんはカタカナやアルファベットの入力を「漢字をやめての最低抵抗線」(p.167)とされました。ですので、これはカナかなタイプライターの3段シフトのように、変換ではなく、モードきりかえを想定するとよいだろうとかんがえました。

3. 梅棹式で許容されている範囲内でどうしてもというときだけ、漢字を入力する手段がつかえること。

 漢字の使用には「自制が必要なのだ」(p.230)とかかれているので、ここをいいかげんにすることはできません。簡単に本人すらじつはしらないような漢字を入力できてしまうようなシステムは絶対にだめ。そういうことになるだろうとかんがえました。

 3.の条件にたいして、漢字の使用を自制できる、すくなくとも完全にユーザーが漢字の使用を制御できる入力方式ということでは、以下の3つの案がうかびました。

案1. 漢直方式


 漢直という、キーボードから漢字を直接入力する方法があります。どうするのかというと、漢字1文字1文字それぞれにことなるキーの打鍵順(通常は2キーか3キー)をきめて、それをひとつひとつ暗記して、キーボードで漢字を1文字ずつ直接入力していくという方法です。ふつうのひとが何千もの漢字のキーの打鍵順をおぼえるのは大変です。それなら漢字自体あまりつかわなくなるのではないか、とかんがえたのでした。

 この方式は、川上さんのラインプットという方式が先駆的なもので、T-code, TUT-codeといったそのほかの方式も開発されて、現在でも熱心につかわれているかたがいます。

案2. 前置方式


 竹内郁雄先生のKanzenという方式があります。竹内先生も一太郎ver.2で、「私の編集作業のかなりの部分は漢字になってしまったものをひらがなに戻すことだった」というご経験から、「無変換をデフォールトとし,変換は先に指定する方式とする」ことにされ、「かな入力の場合は変換キーを先に打つ」というKanzenという入力方式を考案されていました。この方式でも、前置キー(シフトキーや変換キー)をうたないかぎりは、文章に漢字がまざることは絶対にありません。

 現在はSKKというIMEでこの方式を利用することができて、実際につかわれているかたもかなりおおいようにおもいます。

案3. 置換変換(後置方式)


 とりあえずベタでひらがなを入力してしまって、漢字にしたい部分だけあとから変換キーをおして漢字に置換するという方式についてもかんがえてみました。一般的なIMEは、漢字かなまじり文をつねにIMEのなかでつくって本文に挿入するような方式になっています。それにたいして、置換変換は本文中にはすでにひらがなで文章がはいっていて、漢字にしたい部分の末尾にカーソルをうごかして(入力中はもともとカーソルが末尾にある)、変換キーをおすと漢字に変換したものに置換されるという方式です。変換キーをおすのは、ふつうのIMEのように文節のあとではなくて、漢字の熟語の直後になります(後置)。

 こういうことができるためには、ワープロに入力ずみのテキストをIMEにもどすようなしかけがアプリケーション ソフトウェア側にも必要になります。このことが置換方式があまり一般的になっていない理由のひとつかもしれません。Microsoft社のナチュラル インプットはWordとセットでこうしたことにトライしたIMEだったようです。

 まだ案としては、ほかにもあるかもしれません。この3案のなかでは、置換変換はそもそも置換変換が可能なIMEがいまもあるのかどうかよくわからないところがありました。

置換変換をためす — tsf-tutcodeとuim-tutcode


 いま置換変換のようなことをためせるIMEはないのかな、とおもっていたところ、漢直のT-codeやTUT-codeの後置型まぜがき変換機能がおなじよう方式だということをTwitterでおしえてもらいました。まぜがき変換というのは、「帰しゃ」というような漢字とひらがながまざったすでに入力ずみの文字列からさらに「帰社」に変換しておきかえる、というものです(これができると「汽車」や「記者」に誤変換されることがありません)。そして、後置型まぜがき変換はかなだけの文字列にたいしてもつかえる、ということでした。

 後置型まぜがき変換機能のつかえる漢直IMEとして紹介していただいたのが、Windows用のtsf-tutcodeと、Linuxなど用のuim-tutcodeです(くわえてemacs用のtc2も紹介していただきました)。どちらも、本来は漢直方式のTUT-codeのためのもので、そのままでは一般的なローマ字入力やかな入力には対応していませんでした。そこで実験のために、Twitter上でアドバイスをいただきながら、ローマ字入力用の設定ファイルを用意しました:

tsf-tutcode用: https://gist.github.com/ShikiOkasaka/e5a46a278965f6fe3f1e2686c10c57f4
uim-tutcode用: https://gist.github.com/ShikiOkasaka/451a995da66c87f71ced2f5cd5bbbf87

 ちなみに上記の設定ファイルではローマ字の表記に梅棹さんがローマ字会の会長をされていたときにつくられた99式を採用しています。興味のあるかたは、99式の表記もみてみてください。またエスリルのNISSEをつかわれているかたは、この設定ファイルで親指シフトやTRONかな配列をつかって置換変換をつかうことができるようになります。

 また梅棹さんは、「(ワープロ)メーカー側にも、漢字がふえるのをふせぐための配慮がほしいものだ。たとえば、常用漢字以外はでてこないようにするための規制スイッチをつけるくらいは、技術的にはやさしいことであろう。」(p.225)とのべられています。これにこたえられるように、今回、専用の辞書(restrained.dic)も用意しました: https://gist.github.com/ShikiOkasaka/51286f65d20a35c988afd03ba91c095b

 restrained.dicは、tc2のmazegaki.dic(常用漢字外の辞書登録もかなりふくまれています)から、常用漢字および人名用漢字にない漢字をつかった熟語、すべての活用語、および、まぜがきのよみをいったん削除したものに、漢字の使用が許容されている1音の動詞のみ別途追加したものになっています。この辞書をつかって置換変換しているかぎりは、梅棹さんのいわれた最低限の漢字制限はまもることができるはずです。ただ、まだ梅棹さんならひらがなでかかれたような熟語がrestrained.dicにはふくまれています。こういった部分は本当にまだ自制が必要です(そういった熟語を全部なくした辞書もつくってみたいところですが、梅棹さんの著作がコンピュータライズされていないとすこし大変です)。

 実際に置換方式をつかう場合の入力方法は、つぎのようになります。例文として、梅棹さんの、
「しろうとむけワープロの登場を期待したいですね。」(p.205)
という文をつかって説明していきます。ふつうのIMEですと、このとおり入力しようとおもっても、
しろうとむけわーぷろのとうじょうをきたいしたいですね。[変換][確定]

で「素人向けワープロの登場を期待したいですね。」となったまま、よしとしてしまう人がおおいのだろうとおもいます。梅棹さんがいきどおられたのは、こうしたことだろうとおもいます。

 きちんと「しろうとむけワープロの登場を期待したいですね。」と入力するには、
しろうとむけ[無変換]わーぷろのとうじょうをきたいしたいですね。[変換][確定]

といったことになるでしょうか。人によっては、
しろうとむけ[確定]わーぷろの[変換][確定]とうじょうを[変換][確定]きたいしたいですね。[変換][確定]

といった具合に入力されていたり、場合によってはくせもあって、
しろうとむけ[変換][ESC][確定]わーぷろの[変換][確定]とうじょうを[変換][確定]きたいしたいですね。[変換][確定]

といったことになってしまう人もいるのではないかとおもいます。結局、漢字をたくさんつかった日本語のほうが入力しやすくなってしまっているようなところが問題ということになるのではないでしょうか。

置換変換では、
しろうとむけ[Caps/on]ワープロ[Caps/off]のとうじょう[変換]をきたい[変換]したいですね。

といった具合に入力します。カタカナの部分は小指シフトかCaps Lockをつかいます。漢字は、意図的に漢字にしたい部分の最後で[変換]キーをおします。

 同音異義語がなければ[変換]をおして候補がでた状態でそのまま次の文字を入力していけば大丈夫です。梅棹式は、同音異義語をさけるような言葉えらびもこみで梅棹式というべきでしょうから、じょうたつすれば変換候補をつぎつぎに表示していくような操作はへっていくはずです。

 また漢字をまだならっていない小学生であれば、
しろうとむけ[Caps/on]ワープロ[Caps/off]のとうじょうをきたいしたいですね。

のように入力できれば十分でしょう。漢字変換のことは、もっとあとでおぼえてもよいのです。

 置換型変換では、カーソルの直前にあるひらがなの文字列にたいして、なるべくながい熟語に変換しようとします。そのため「いきがい論」と入力したいときには、最初は「いき概論」のようになります。これを修正するには、>か右カーソルキーをじゅんにおしていくと対象がみじかくなっていって、「いきが異論」、「いきがい論」といった具合に、目的の漢字がでてくるようになります。こういうことが頻繁におきるときには、tsf-tutcodeやuim-tutcodeでは、カーソルの直前の何文字目までにたいして置換変換をおこなう、といった操作をすることもじつはできます。このあたりは、置換変換が漢直や前置方式とくらべるとわずらわしさがのこる部分ということになるのかもしれません。

 しかし、この記事はずっとuim-tutcodeをつかってかいてきているのですが、実用では>や右カーソルキーをつかって熟語の長さをなおさないといけない場面はあまりないようなのです。日本語の専門家ではないので、実際ところはよくわかりませんが、日本語の助詞というのがそもそも語と語を自然にくぎるような音でつくられているのではないかというふうにおもったりもします。また、このあたりは置換変換というかんがえかたがひろまれば、単純な前方最長一致よりもくわしく解析をおこなって置換変換をするようなIMEも将来つくられることもひょっとしたらあるのではないかとおもいます。

ひとまずのまとめ


 一点、梅棹さんの基本的なコンテキストは、まずは事務の書類のようによんだ人がだれでもきちんと理解できることを期待しているような文書ということになるのだろうとおもいます。「言語は100年をおよそ一代」とかかれた山口謠司さんは、100年前の夏目漱石は理解可能、そのすこしまえの森鴎外はすでにむずかしい、とかかれていました。その漱石ですら現代語訳が出版される時代です。じつは自分もセイを所為とうつことがおおかったのですが、こういうのはふだんはなおしていかないと、とおもったりしています。

 ところで、最初の、
「これからの時代を切り拓く学生達にも是非とも読んでもらいたい一冊である」
の「切り拓く」はよめたでしょうか?「きり?く」。開拓の「拓」なので意味はつかめますが、「拓」の訓よみは常用漢字のなかにはありません。梅棹式なら、
「これからの時代をきりひらく学生たちにも、ぜひともよんでもらいたい一冊である」
のようにまずはなって、ひょっとすると文そのものも、なおしたりすることになるようにもおもいます。

 今回は、梅棹忠夫さんの著書『日本語と事務革命』の話題から、梅棹式表記法、そのための日本語入力システムの考察と、置換変換の紹介をしました。平明な日本語の文章をかくためのソフトウェアというのは、まだまだ未開なところがあるようにもおもいます。またこの文章は置換変換の実験もかねて、梅棹式でuim-tutcodeをつかってかいてみました。よみにくいところは、まだ梅棹式表記法をつかってみたばかりで、ということで。置換変換もつかいはじめたところで、カタカナの入力はモードきりかえがよいのか辞書登録がよいのか、といったあたりはまだこたえはだしていません。それでも、もとのIMEにもどそうとはもうおもわなくなっているくらい、なかなかよいものだとおもっています。

 ということで、つづきはまた次回に。

2017年3月15日水曜日

小中学生には新しい仮名配列のキーボードを

注) 平成29(2017)年2月14日に文部科学省が公表した小中学校の次期学習指導要領改定案へのコメントとしてまとめたものです。

 今回の学習指導要領案では、学習の基盤としてローマ字入力を用いてコンピューターで文字を入力する操作の習得が謳われています。比較として、米国の各州共通基礎スタンダードでは、小学生にはキーボードで一回に3ページ以上の作文ができるようになることが求められています。日本語に置き換えれば、1コマ45分で原稿用紙3枚、1分間当たりの文字入力数は少なくとも平均25文字以上といったことになるでしょう。これからの小中学生には、キーボードによる作文能力を国語の「書き方」のリテラシーのひとつとして習得されていくことも期待されます。そのためには、小中学生にはローマ字入力ではなく、キーボードの新しい仮名配列を制定し、仮名入力を指導していくことが必要となってきているのではないでしょうか。

 答申でも触れられている通り、現在の小学生のローマ字入力による文字入力速度は平均5.9文字/分でしかありません。これは単純に練習不足という見方もあります。しかし1951年の文部省の『ローマ字教育実験学級の調査報告』では、30分間の作文力のテストにおいて、対照学級では漢字仮名交じり文で原稿用紙の裏面まで書いている児童もかなり多かったのに対し、実験学級ではローマ字で横罫紙半面しか書いていない児童が多かったことが報告されています。これはローマ字では手書きでも書く速度が1/4程度まで落ちることを示唆するものです。現在の小学生のキーボードを使ってローマ字で文字を入力するときの速度が、目標値の1/4以下になってしまっていることと合致しているのです。

 現在、子どもたちにも身近なものになっている、スマートフォンやタブレットでは、ローマ字入力ではなく、五十音順をベースとしたフリック入力が広く使われています。ローマ字は、その表記にもヘボン式、訓令式、加えて情報機器に固有の非公式なワープロ式などがあり、日本語を自由に書くためのものでは本来ありません。促音の「」は、明治33年以降定着してきた表記ですが、ローマ字では「っ」を別々の子音に分解して、-kk-、-ss-といったように表記しなければいけません。撥音の「」も舌内撥音(n)や唇内撥音(m)などをまとめて「ん」と表記するように平安時代後期になったことが明らかにされていますが、これもローマ字では再度nとmに分解している場面が見られます。現代の仮名文字は万葉仮名から単純な表音文字以上のものに平明化してきた文字であるのに対して、ローマ字表記は日本語を知らない人にも必要なもので、こうした仮名文字の歴史的な進歩には対応できないのです。

 それでもキーボードに限っては小学生の段階からローマ字入力を教えざるを得ないのは、現状では大人になってからも問題なく使い続けられるようなキーボードの仮名配列がないことが理由として挙げられます。現行のJIS仮名配列の問題点は既に広く認識されています。1986年の新JIS配列は廃止という結果に終わりましたが、その理由として、小中学校で使用するコンピューターの仕様決定のつまずきのほか、仮名の配置が完全に不規則で非常に習得が困難なものであったことが挙げられています。数字やアルファベットは、人の名前がなかなか覚えられなかったりするように、認知科学では精緻化(チャンクづくり)がしにくいタイプの情報とされます。新JIS配列のように、専門のオペレーターの作業能率を優先して仮名の配置を完全に不規則なものにしてしまうと、普通の人には習得がとても困難なものになってしまうのです。欧米では、アルファベット順の配列を原型に持つQWERTY配列が現在も主流であり続けています。今日では、短文の入力であればフリック入力や音声入力のような簡便な入力方式が実現されており、キーボードの配列の習得しやすさは従来以上に利用者から求められる条件となっていくと考えられます。

 このようにキーボードの新しい仮名配列の制定は急務であろうと思われます。現在ではキーボードの文字配列の最適化技術により、五十音順との関連付けがあり覚えやすく、かつ新JIS配列と比較しても入力効率で劣らないような仮名配列の設計が可能なことが明らかになってきています。制定にあたっては、過去の様々な失敗も踏まえ、工業的な見地からだけではなく、国語学、教育工学、認知科学といった分野にもまたがった学際的な研究が行われることが望まれます。また国語施策としても、キーボードによる文字入力を国語の「書き方」のリテラシーのひとつと捉え、現代仮名遣いと同様に定着させていくような対応が期待されます。



2017年2月4日土曜日

エルゴノミック キーボードの簡単な歴史

ここ数年、日本だけでなく米国をはじめとして諸外国でも改めてエルゴノミック キーボードに静かな注目が集まってきています。ここ最近、エスリルのニューキーボード NISSEだけでなく、ErgoDoxや、Keyboardioといった海外で生まれた新しいエルゴノミック キーボードの名前を聞かれたことがある方もいらっしゃるのではないでしょうか。これは、Makersムーブメントの流れもあって、ホビーイストでも容易に電子基板やキーボードを自作できるようになった影響がひとつ大きいところです。しかし、数百円のキーボードまである時代に数万円といったこうしたキーボードが作られたりするのは、それ以上に従来のキーボードに対して潜在的に不満を持っている人が少なくない、ということのように思います。

QWERTY配列については、安岡さんは『生産者側による押し付けの歴史だったのではないか、と思えてくる』と述べられています。今回は、スイッチがずれて並んでいる現行の標準的なキーボードの形状以外の形のキーボード、特に人間工学的な視点を持って作られたエルゴノミック キーボードの歴史で、従来あまりまとめられていなかったような部分を中心にこれまで調べてきた範囲でまとめておきたいと思います。

Matias Trejosさんのキーボード


歴史上最初期のエルゴノミック キーボードとして、1910年の米国特許964340号のMatias Trejosさんのキーボードがあります(下図)。キーが放射状に配置されていて、Tab, Shift, Backspaceキーが親指で押せる位置にあるのが特徴です。

Matias Trejosのキーボード(1910年)

Matiasさんはコスタリカの方のようで、このタイプライターを発明されたあと、はるばる米国で特許を取得されたということになりそうです。とても大きな期待を込めて作られたタイプライターだったのではないでしょうか。ただ、このタイプライターが何台くらい作られたのか、アメリカで発売されたことがあったのか、といったことは、私が調べた範囲では資料を見つけられていません。

また米国では1983年の時点でタイプライター市場の90%以上が既にユニオン タイプライター社とその傘下の企業に抑えられていたそうで(タイプライター トラスト)、現在のQWERTYキーボードに繋がるタイプライターがもう完成していました。米国内では商業的には登場が遅すぎた、ということは間違いなさそうです。

Daumenschalt Tastatur


下図は、ドイツで1934年に発売されたDaumenschalt Tastaturタイプライターです。日本語にすると「親指シフトキーボード」ということになるでしょうか。左右の親指のキーはスペースバーで、中央がシフトキーになっているそうです。合理性を追求したドイツらしさが感じられるようなキーボードです。


Daumenschalt Tastatur (親指シフトキーボード) (1934年)

このタイプライターは実機がまだ残っているようで、リンク先に、発明者はJulius Kupfahlさん、第2次世界大戦まではゆっくりと生産台数が伸びていっていたものの戦争によって製造が中断され、戦後製造が再開されることはなかった、とコメント欄に解説がされています。ドイツでは比較的知られているようで、1993年にやはりドイツで発売されたMarquardt Mini-Ergoキーボードの特許がJulius Kupfahlさんの特許に触れられているようです。

学術的な動き


学術的には、やはりドイツで1960年代から70年代にKarl Kroemer博士らが調整可能な2分割型キーボードを使うことで人間工学的な実験をはじめられるようになってきました。そして1981年のIBM PCの登場と前後してさらに色々な研究が進められていった経緯がDavid Rempel教授の論文にまとめられています。 なお、2分割型キーボードのアイデア自体は、やはりドイツのKlockenbergさんによる1926年の研究によるものだそうです。

1980年代には日本の中迫勝先生らの海外での研究により、2分割キーボードの最適な設置条件として、前方向・横方向の傾斜10度、内角25度、GHキー間の距離6.5cmといった値が確かめられていきます。この研究は、その後日本のTRONキーボードだけでなく、マイクロソフト社のエルゴノミック キーボードのデザイン上の指針にもなったことが関連製品の特許などから読み取ることができます。

学術的には調整可能な2分割型キーボードを使った実験等を経て、固定式の左右分割型キーボードの基本的な形状が決まっていったという点は興味深いところです。中迫先生らの研究に基づいた固定式のMicrosoft Natural keyboard、内角を調整できるApple Adjustable keyboard、内角に加えて左右の間隔と傾斜角も調整可能な別のキーボードを使ったRempel教授らの評価実験においても、固定式のキーボードが一番良好な結果が得られています。

放射状のキー配置の探求


アメリカではタイプライター トラスト、ドイツでは第2次世界大戦、と不運なことが続き、商業的には困難と直面してきたように思われるエルゴノミック キーボードですが、キーボードを利用する文化がもともとなかった日本では1970年代から80年代にかけて、さまざまな試みがなされたようです。

親指シフトを開発された富士通の神田さんらは1978年に手の形のキーボードを試作されています。ただ、このキーボードは実際にはほとんどテストもされなかったということで、綿密な実験や評価などはなされなかったようです。どちらかというと直感的な設計によるものだったのでしょうか。

親指シフトの手の形のキーボード (1978年)

中迫先生らも1981年にNeuen Tastatur für Büromaschinen (New keyboard for office machines)を作られ、1985年頃には下図のようなキーボードでさらに実験を進められていました。このキーボードはコンピューター作業時の前腕の支持の重要性などを科学的に調べられた貴重なキーボードでもあります。

中迫先生らの New keyboard for office machines (1981年〜)

ちなみにエスリルのNISSEは、主に中迫先生の研究論文を参考に形状等を決めていったものなので、上図のキーボードとよく似た部分が多いのが分かるかと思います。開発中はNISSEを単に新キーボードあるいはニューキーボードと呼んでいたことから、製品名もニューキーボードNISSEとしたのですが、後日中迫先生からこの写真の載せられている英語論文のことを教えて頂いて、Neuen Tastaturと名前まで同じになってしまっていたことには驚きました。

M式を開発されたNECの森田博士もやはり1980年頃に放射状にキーを配置したキーボードを試作されています。一見、中迫先生らのキーボードと似ているのですが、当時のキースイッチの大きさの制約もあり(全体的にキーが広がりすぎているように見えます)、操作性評価では良くなかったと著書で述べられています。これはキーピッチを小さくすれば改善できることは森田博士ももちろん認識されています。しかし大量生産されているスイッチが使えなければ製品の実現性は低くなってしまう、という工業製品を開発する見地からのお考えから、製品版のM式キーボードでは放射状のキー配置の採用は見送られています。

M式鍵盤の試作品 (1981年頃かと)

このように手の形に合わせた放射状にキーを配置したキーボードの合理性は直感的にはすぐに理解できるものの、工業製品として製造することを念頭に実際に試してみると想像以上に制約が多かったことがわかります。

そのような中で、マイクロプロセッサから、OSから、コンピューターのありとあらゆる部分を見直されたTRONプロジェクトの中で設計されたTRONキーボードでは、スイッチの大きさからではなく、純粋に人の手の指が届く範囲の研究からキーボードの設計が進められました。最終的にS・M・Lの3サイズのキーボードを用意することが目標とされ、80年代後半には松下電器をはじめ複数の主要国内メーカーによるキーピッチ16mmという小さなMサイズのTRONキーボードの試作品を新聞記事等でよく目にすることになりました。また、このTRONキーボードの立体的な形状も、中迫先生らの研究の成果を採用されたものでした。

初期のTRONキーボード (1986年頃かと。Wikimedia より)

日本人はなかなかうまくできないと言われるタッチタイプの習得においても、エルゴノミック キーボードが子どもたちにとって有効な場合があることは海外でも知られています。80年代前半にキーボードを日頃見慣れていなかった日本人には、左右非対称の今のキーボードのキー配置にむしろ不自然さ感じた人も少なくなかったのではないでしょうか。

そのため、TRONキーボードに対する期待感も決して小さいものではなかったように思います。しかしTRONキーボードを実際に一般のひとが購入できるようになったのは、ワープロが既に非常に安価な製品になってしまっていた1991年と、少し遅れてしまったところがありました。この点は、1987年の時点でも、TRONプロジェクトリーダーの坂村健さんは著書の中で「キーボードの刷新にとって、いまがラスト・チャンスなのだ。」と、述べられいて、エルゴノミック キーボードの普及の上では、残念なことであったのかもしれません。

TRONキーボードとNISSEのキー配置の比較(Mサイズ)
なお、NISSEのスイッチの配置はTRONキーボードの研究で得られた指の届く範囲のデータをもとに設計をしたもので、特にMサイズ同士で比較すると、キーピッチは17.5mm (NISSE)と16mm (TRON)で違うのですか、多くのスイッチの位置が割とよく重なります。一点、小指のカラムの向きだけはかなり違うのですが(それでも個々のスイッチ位置は依然として割とよく重なります)、これはTRONキーボードに対してスイッチが放射状に広がりすぎでは、というがあったということや、長くTRONキーボードを使ってきた経験からも小指部分だけはやや違和感が残ったこともあって調整した箇所になります。

まとめ


日本のエルゴノミック キーボードは、もともとはM式もTRONも機械式タイプライターの名残りからの脱却、あるいは刷新という面が強かったような印象があります。エルゴノミック キーボードにすると、普通のキーボードと指使いが違うのでなかなか慣れない、というような発言が日本人から出てくるとは、80年代には想像も出来ないことだったようにも思います。

最近の新たなエルゴノミック キーボードの流行はまだまだ小さなものかもしれませんが、新しい変化についてはこれからも学術、産業両面から見ていきたいと思っています。というわけで、今回はここまでです。


2017年1月27日金曜日

小中学生にもふさわしいキーボードの新しいかな配列の考察とその一案

注) 今回は専門的な内容もあって「である調」 で書いてあります。一部敬称も省略させて頂きました。
2017.2.16一部改定(打鍵効率の表と説明、およびスマホ用UIの図と説明を追加)。

子どもがひとり1台ずつコンピューターを持つことが現実的になっている一方で、日本語の入力方式として現在主流のローマ字入力方式は特に小中学生にはハードルが高いことが明らかになってきている。本稿ではローマ字入力の代わりとなるような、小中学生のときから将来まで使用するのにふさわしい新しいキーボードのカナ配列について考察し、その一案を提示する。

はじめに


今日では日本人がキーボードで日本語を入力する場合、各種調査から約9割の人はローマ字入力を利用していると考えられる。そのため、小学校でも第3学年からローマ字を教える機会が設けられるようになっている[参考: 小学校学習指導要領解説 国語編]。しかし、文部科学省の2014年の情報活用能力調査の結果によれば、『ローマ字入力に関して、小学生については,濁音・半濁音,促音の組合せからなる単語の入力に時間を要している傾向』が見られ、1分間当たりの文字入力数の平均は、小学生で平均5.9文字、中学生で平均17.4文字と報告されている。ローマ字入力については、大学生でも「拗音の表現に困っている様子がしばしば見受けられる」という報告もある。

コンピューターが手書きよりも便利な作文のため道具として有効に活用されるためには、約70文字/分程度の入力速度を得ることが必要となる。OLPCのような活動を通じて、子どもがひとり1台ずつコンピューターを持てるようになってきている今日、1970年代日本語ワープロに対して掲げられていた「入力速度が手書きより速いこと」という目標は、小中学生でも十分に達成可能な方式であることが望まれるであろう。文部科学省の調査結果は、ローマ字入力方式ではそれが困難なことが強く示唆さているように思われる。

キーボードを使った日本語入力方式の歴史


現在のJISキーボードのカナ配列は、1923年にバーナム クース スティックニーが考案したカナモジカイのタイプライター用キーボードがその原形となっている。スティックニーの配列の原則は下記の3点であった:
  1. 小書き文字は字母と分離ぜず最上段に置く。 
  2. 濁点の付く仮名は左側に、濁点キーはその反対側に置く。
  3. 仮名は五十音図の行ごとにまとめて配置する。
また、出現頻度の低いカナはシフト面に割り当てられていて、現在のJISキーボードとは異なり、右手小指を伸ばさなくても打鍵できるように作られていた。

スティックニーの配列(米国特許第1549622号)

現在のJISのかな配列は、スティックニーの配列で主にシフト面にあった文字を右手小指のノーマル面に移動したものである[参考: キー配列の規格制定史日本編]。この移動によってシフトキーを使う頻度は減ったものの、スティックニーの原則3がやや破られ、右手も酷使される結果となった。そのためJISかな配列は、スティックニーの配列を覚えにくく、打鍵しにくく改悪したもの、という認識がなされている。

JISかな配列のこうした問題を受けて、 JISかな配列に代わるかな配列として、その後、
が考案され、市場に投入された。この内、親指シフトは1980年代前半にはワープロ市場でシェア1位を占めるに至っていた。しかしながら、現在では各方式とも熱心な利用者に使われる程度にとどまっている。

市販ワープロにローマ字入力を最初に取り入れたのは、1980年のキヤノワード55であった。ただしローマ字で日本語の文章を書いたり、タイプしたり、と言うこと自体はローマ字論と共に明治時代からあった。また、QWERTYキーボードの代わりに、ローマ字入力に適したアルファベットの配置を取り入れたM式も1983年に市場に投入されたが、現在では製品としてはほぼ終息していると考えられる。

キヤノワード55が260万円といった時期に、QWERTYによる英文タイプのタイピストが国内に既に数多くいたことは、ローマ字入力方式の定着に拍車をかけたであろうと長澤は考察している。1984年にキヤノンはワープロのシェアでそれまで首位だった親指シフトの富士通を抜いて1位に立っている。そしてキーボードを使った日本語入力では、現在までローマ字入力が主流となっている。

かな入力方式の課題


英文タイピストもローマ字入力方式のワープロであれば容易に和文タイピストとしても活躍できる、という利点は十分に理解できるものである。その一方で、一般の人がローマ字入力を使うようになっていったのはどのような理由からだろうか?

M式の考案者森田博士は、『新JIS方式や親指シフト方式などの仮名文字入力方式が、「記憶負担量が大きい」という欠点をカバーするに足るだけのメリットを(略)見出し得ないのではないか?』という疑問を提起していた。

森田博士の考案した「キー配置の記憶負担量」の計算方式によって、日本語について記憶負担量を改めて計算すると、下記の表のようになる(値が小さいほど覚えやすい)。

配列記憶負担量
スティックニーの配列80
50音順かな配列81
ローマ字入力86
JISかな配列99
親指シフト220
新JISかな配列290
TRONかな配列325

50音順かな配列はキーボードにあ行から順に並べた配列で、高速入力には向かないものの、初心者向けの電子機器等で現在でも採用されることがある。これはキーボードを年に数回しか使わないなら「50音順でいいという考え方もあることはある」と述べられている通りであろう。なお、単純なように思われる50音順かな配列であるが、スティックニーの配列は原則2があるため、記憶負担量では両者の差はみられない。

JISかな配列は、記憶負担量でローマ字入力よりやや劣っている。これは多くの人の直感にも合うところであろう。スティックニーの配列は、記憶負担量ではローマ字入力よりも優れており、JIS配列での配列の改悪の影響も小さくはなかったように思われる。

後続の一連のかな配列は、森田博士の指摘する通り記憶負担量では大きくローマ字入力に劣っており、ワープロが安価になり、タイピストのような訓練を受けていない人たちも利用する道具になったときに、配列の並びを見ただけで購入時のマイナス点となった、ということは十分にあり得ただろう。

新しいかな配列の考察


特に小中学生にとっては、ローマ字が日本語をキーボードで入力する上でのハードルとなっていることが明らかになってきた。その時期に、コンピューターのキーボードは、手書きよりも遅い不便な道具という認識ができることは避けるべきことのように思われる。ローマ字入力よりも覚えやすく、実用的なかな配列の研究は改めて重要になっているのではないだろうか。また、「年に数回しか使わないなら」、「短文しか入力しないなら」、といった仮定をすれば、今日では音声入力やフリック入力といったカジュアルな方式が普及してきている点についても注意を払う必要があろう。

前節の記憶負担量の表で見た通り、キー配置の記憶負担量でローマ字入力と同等かあるいは下回るには、スティックニーの方式のように五十音との関連付けをうまく活かした方式がもっとも有望であろう。しかしスティックニーの配列も、キーボードの4段すべてを使うと言う点では問題を指摘されてきたJISかな配列と変わらない。そこで、スティックニーのすべての原則をなるべく活かした3段のかな配列をコンピューターの計算により求めると、一例として下のような配列を得ることができた。
ノーマル面
ゆよおあえ やつりなに
てかしたと んうい゛の
はこすくき れる、。を
シフト面
ゅょぉぁぇ ゃっめみぬ
ちさらせけ もぅぃわま
ほふひそへ ろむ゜ーね 
キーボードの3段のみでは、スティックニーの原則1のため、打鍵効率についても考慮して配列を計算で求めると、キー数に余裕がなく原則3の適用はなかなか困難なことがわかった。この配列の記憶負担量は120となっている。打鍵効率では、ホーム段の性能が支配的となる傾向は見られるが、新JIS配列との比較では「え」など出現頻度の低い文字もノーマル面に来ることから不利になっている。

そこで、小書き文字については、字母を打鍵した後に濁点キーを押して小書き文字化する小書きキー方式についても評価を行った。小書きキー方式はフリック入力ではよく使われている方式であり、今回は、濁点キーに対してローリング打鍵(片手を回転させるようなイメージで、キーを一方向に一気に打って行くような打鍵方法)がしやすい位置に「やゆよ」などの字母を配置するように考慮した。

スティックニーの原則1の代わりに小書きキー方式を採用して、スティックニーの原則2を活かして計算により求めた3段のかな配列に、原則3がよく当てはまるように人為的に多少の調整すると、下のような配列を得ることができた。
ノーマル面
つとこくけ やゆよなに
たはしかて んうい゛の
そせすきさ っれ、。を
シフト面
 ちぬね  むめおまみ
゜ひふへほ わるりあも
      ろらえー?
下の表は、「めくらぶどうと虹」を入力するときの、各配列の打鍵数等を示したものである。この表の打鍵効率は、総打鍵数(シフトキーを含む)を、ひらがなに戻した「めくらぶどうと虹」の文字数で割った数値としている。スティックニーの配列は他方式と違いキーボードの4段すべてを使っている、といった点については考慮されていない。あくまで配列評価の上でのひとつの目安にすぎない、という点は注意されたい。その他の文章を入力した場合の打鍵効率などは、打鍵効率の目安のページで調べられる。

配列記憶負担量打鍵数打鍵効率交互打鍵率連続シフト数同指異鍵同手同段異指
スティックニーの配列803,2601.1858.8%9306153
ローマ字入力864,8641.7647.5%0318406
親指シフト2204,0041.4551.2%0245153
新JISかな配列2903,5601.2958.8%96232209
TRONかな配列3253,3921.2257.4%79223121
上記の配列案873,5851.2955.0%168174276

上記の配列案のキー配置の記憶負担量は87で、ローマ字入力と比べて記憶負担量での差はない。また打鍵効率では、連続シフトの使用率は高くなるものの、高速入力を狙った新JIS配列と同レベルの性能を得られるようである。連続シフトは、シフト面のキーを続けて打鍵するときにシフトキーを押したままにする打鍵方法で、たとえば、「ありました」と入力するときに「ありま」までシフトキーを押したまま入力すると打鍵効率を上げることができる。そのため実用では、新JISで考案された、キーボードのスペースバーをシフトキーとするセンターシフト方式を用いることが望まれる。またアクセシビリティの面から、シフトキーは、やはり新JIS配列で考案されたプレフィックス シフト方式についても利用できるになっていることが望まれるだろう。

この新しい配列案は、計算機のプログラムによって最適解のひとつとして求められた配列に、スティックニーの原則が当てはまるように人為的に調整を加えたものである。スティックニーの原則のような事前の制約条件があると、計算機のプログラムによって効率の良い配列を求める際に一般的には難しいとされている総当りでの判定が比較的短時間で可能となる。こういった計算配列では、任意の配列の良し悪しを評価するスコアリング方法の妥当性が重要になるが、ここではMTGAPの方式を参考にしたスコアリング方法を用いて計算を行った。別のスコアリング方式を用いれば、また異なる配列が得られる可能性は高い。しかし、最終的に計算上の打鍵効率を多少落としてでも、スティックニーの原則3を優先することを重視するのであれば、オーバーアナライズとなるしきい値は意外と低いように思われる。

新しい標準の必要性


大岩は1988年当時、「標準化すべきことはキーボードを計算機につなぐ接続方法である」とし、それが実現できれば、「ユーザーは自分の使い慣れたキーボードと入力方式を,いつでも使いたい計算機環境で使うことができることになる」と述べられていた。

接続方法の標準化は今日ではUSBとBluetoothによって実現し、 大岩の述べた通りスマートフォンからPCまでどのデバイスとでも親指シフトでもTRONかな配列でも好きな配列を使って日本語を入力するようなことが技術的にはできるようになった。6種類の日本語入力方式を選択可能なエスリルのキーボードNISSEでは、親指シフトでの利用者が25%に達していて、大岩の予想は正しかったと言えるだろう。

しかしそれでも、小中学生までキー配置が生徒ごとにバラバラという状況はなかなか想像しがたい。結果的に手書きよりはるかに不便な状況で子どもたちがローマ字入力でコンピューターを使っている状況を改善するには、もう少し強い標準化が望まれるのではないだろうか。

下図は提案したかな配列の刻印を五十音の行ごとに色分けした例である。幼児用の五十音やひらがなの学習のための玩具には様々なものが見られる。その中でスティックニーの原則によるかな配列のキーボードは、玩具としても成り立つ可能性が他方式よりも大きいように思われる。おもちゃとして幼児期から五十音の各行の大まかな位置だけでも覚えていれば、といった想定は他方式ではきわめて困難であろう。しかしそういった安価な商品の多様化のためには、やはり配列の標準化が望まれるものと思われる。

新しいかな配列の刻印の色分け例

またこのかな配列をベースにしたスマートフォン用のユーザーインターフェイスのイメージを下図に示す。キーボードのデザインをベースとしたスマートフォンやタブレット用のユーザーインターフェイスについては、海外では色々な方式が研究開発されているが、そういった新方式が日本語にも応用できる、という点も新しいかな配列のメリットのひとつとなろう。

スマートフォン用ユーザーインタフェイスのイメージ(例)
 

おわりに


日本人はキーボードに慣れていない」といったことが真剣に議論された1980年代から40年近くが経ち、日本人がキーボードを使用すること自体は子どもから大人まですっかり日常的なことになった。一方で日本人のタッチタイプの習得率の低さはなかなか改善されず、英語教育とローマ字(入力)教育の関係についても研究がなされてきている。親指シフトの開発者である神田泰典さんは「日本人は日本語をカナで表記し、ローマ字を使っておりません」と述べられているが、あらためてかな入力方式について小中学生のときから利用するものとして検討を行う時期ではないだろうか。

本稿ではJISかな配列の原形であり、総合的に現在のJISキーボードよりも優れているとされる、スティックニーのかな配列で考案された配列設計の原則を用いて、キーボードの3段にかなを配置した新しいかな配列について考察を行い、一案を提示した。

付録


Windows上で提案した新しいかな配列を使用するためのソフトウェアをGitHubで公開しています: ニュースティックニーかな配列, https://github.com/esrille/new-stickney

2016年8月12日金曜日

新キーボード プロジェクト? - Bluetooth/USB兼用版の開発

今月からBluetooth®無線技術とUSBの両方に対応した、新しいエスリル ニューキーボード NISSEの受注をエスリルで開始しました。前回のブログからかなり時間が経ってしまいましたが、今回は新しいBluetooth/USB兼用タイプのNISSEの開発についてのお話です。

Bluetooth/USB兼用タイプの新しいNISSE

製品版に至るまでの流れ


Bluetooth対応のNISSEについては、この2年余りの間に2種類の試作機を作っていました。Bluetooth無線技術とその関連製品の状況も、この数年急速に変化しているということもありましたので、簡単に2つの試作機から製品版までの変遷の概要を紹介しておきます。

Bluetooth 2.1対応の実験機


Bluetooth 2.1対応の実験機

こちらは2014年7月に作ったものになります。構成は、
というものでした。USB版のNISSEでも使用しているPIC18F4550と、RN42をUARTで接続するだけで使えるようになるのでお手軽だったのですが、日本語キーボードで必要になる、変換キー(0x8a)、Macのかなキー(0x90)といった上位のUSBキーコードを出力する手段が見つからず、その後の開発は行いませんでした(RN42側のファームウェアは変更できないため)。その他にも、
  • 5V駆動の18F4550では電池駆動は大変。
  • 筐体のもともとの開口部付近にBluetoothモジュールを置いても、NISSEのアルミ筐体では電波はあまり届かない。
といった課題が見つかっていました。

Bluetooth 4.1対応の試作機


Bluetooth 4.1対応の試作機

こちらは1年前の2015年8月に作ったものになります。構成は、
のみ、というBluetooth 4.1 (Bluetooth Low Energy)専用のもので、乾電池で数カ月動作できるようなBluetooth Low Energyデバイスらしい試作機になりました。Bluetoothのアンテナ部分もアルミ筐体の外側に出すようにしてあります。

nRF51822ではNordic社から提供されているSDK(当時はSDK 9)を使って、Bluetoothデバイスのアプリケーション層は自由に開発ができるため、RN42のときのような制約もありません(HOGPプロファイルまではNordicのSDKで提供されています)。

このタイプは基本的には製品化も可能なものでしたが、
  • nRF51822 Rev. 3ベースのモジュールの供給待ち、
  • nRF5 SDKの開発状況の見極め、
といった課題もありました。当時流通していたnRF51822 Rev. 2は公式にはSDK 6.1.0までの対応となっている一方で、SDK 6では機能が充分ではなく、新しいnRF51822 Rev. 3の供給を待つ必要があったのでした。

また、このタイプについては並行して製品化にあたってのご要望を受け付けていました。 その際、製品化する場合には 「BluetoothとUSBの兼用タイプにして欲しい」というリクエストを多く頂きました。そのため、製品版では、Bluetooth/USB兼用タイプとすることにして、nRF51822 Rev. 3ベースのモジュールの供給を待つことにしました。

Bluetooth 4.2対応の製品版の構成


2種類の試作機での評価をもとに、Bluetooth/USB兼用タイプとして今回製品化した新しいNISSEの構成は、
  • PIC18F47J53 USBマイコン
  • nRF51822 Rev. 3 (ARM Cortex M0)
となっています(アナログパッド(TSAP)内蔵タイプでは、さらにPIC12F1822が加わります)。Nordic社のSDKもハイペースで更新が続き、その後SDK 11が提供され扱いにくかった部分などはうまく改良がなされています。また対応するBluetoothの規格自体も昨年の4.1から4.2へと変わりました。Bluetooth 4.2では、LE Secure Connectionsが追加された他、4.0以降400以上の仕様の修正が含まれているそうです。

電池の持ちという意味では、USBマイコンが増える分、昨年のBluetooth Low Energy専用タイプに比べて不利になりますが、3V駆動が可能なPIC18F47J53を使うことで対応しています。またPIC18F47J53はプログラムメモリが128KBと、現行のUSB版NISSEのPIC18F4550の32KBと比べて4倍あるという点もPIC18F4550から変更した理由のひとつになっています。

NISSEはUSBマイコンのファームウェアを公開しているので、ファームウェアを改造されて利用されている方もいらっしゃるのですが、最近ではPIC18F4550では開発の余地がほとんどなくなってきていました。

PIC18F4550版のメモリ使用状況
上図はMPLAB X IDEのダッシュボードのスクリーンショットです。PIC18F4550のUSB版のNISSE(TSAP内蔵型)では、プログラム メモリを既に99%まで使い切ってしまっています。そのため、凝った改造をされる場合は使用されていないキー配列のデータを削除していただいたりといった工夫が必要になっていました。

下図は、PIC18F47J53を使った新しいNISSE(TSAP内蔵型)の現在の状況です。Bluetooth関連の機能が追加されていますが、それでもプログラム メモリの使用状況は29%とまだまだ余裕があります。今後の公式なNISSEのファームウェアについても、開発はPIC18F47J53を使った新しいNISSEに移行していく予定です。

PIC18F47J53版のメモリ使用状況

ハードウェア側では、NISSE側のUSBコネクタを大きなタイプBからマイクロBに変更しています。これは、Bluetoothモジュールの設置場所を確保するためにコネクタを小さくする必要があった、というのが一番の理由です。マイクロBは、スマートフォンでもよく使われているので、NISSE本体の電池が切れてしまった場合にモバイルバッテリーから給電したいような場面でも便利かもしれません。

またアルミ筐体の下側のパーツは、USB版ではコストダウンのためアルミ生地のままになっていますが、Bluetooth/USB兼用版では手で持ち運ばれる場面も多くなりそうということもあって、全面アルマイト加工をしてあります。

その他の基本的な仕様は、従来のUSBから変わっていません。NISSEをiPhoneやAndroidデバイスとBluetoothで接続した場合も、特別なアプリなどをインストールすることなくTRONかな配列や親指シフトなどを使って日本語を入力することができます。なお、Bluetooth接続の機器は3台までペアリングを切り替えて使うことができます。


新しい制御基板とBluetooth拡張基板


新しいNISSEは、Bluetooth/USB兼用タイプとしたことで、今回新たに用意したキーボードの制御基板は基本的にはUSBマイコンの基板のままとし、Bluetoothモジュールについては別の拡張基板に実装することにしました。拡張基板はメイン制御基板のソケットに差し込む形で使用しています。

Bluetooth/USB兼用版の制御基板(写真手前。奥の基板は現行のUSB版の制御基板)

上の写真の手前の基板が新しい制御基板になります。その左にある小さな基板がBluetoothモジュールの拡張基板になります(2本出ているヘッダピンは開発用のもので製品版にはついていません)。こちらは太陽誘電製のBluetoothモジュールEYSGCNZWYを載せたものになっています。

新しい制御基板は従来のUSB版の基板と比較して部品点数が増えていますが、ほとんどは電源の管理のための部品です。ちなみに現行品の制御基板は、USB版も新しい制御基板もどちらも4層基板になっています。この数年でNISSEのように生産数の少ないものでも4層基板をわりと気軽に使えるようになってきました。

メインの制御基板と拡張基板は、SPIで通信するように構成しています。実際のBluetoothに関わる処理については、すべて小さな緑色のEYSGCNZWYモジュールの中で行われています(アンテナもこの中にあります)。


ファームウェアの構成


ファームウェアについては、PIC18F47J53用とnRF51822用の2つのファームウェアを新規に開発しました。2つのファームウェアは、PIC18F47J53側ではキーマトリクスのスキャンやキーボードのHIDレポートの生成などキーボード固有の処理を行い、nRF51822側ではBluetooth関連の処理のみを行うように役割を分担させました。そのため、キーボードのカスタマイズについては、PIC18F47J53側のファームウェアを変更するだけで行えるようになっています。

PIC18F47J53のファームウェアについては、従来通り既にGitHubから公開しています。ほとんどの部分は従来のPIC18F4550用のソースコードと共通ですので、これまでご自分でUSB版のNISSEをカスタマイズされて使われていた方であれば容易にBluetooth/USB兼用版にも移行できるのではないかと思います。


Bluetooth認証試験とBluetooth SIGへの製品登録について


今回の新しいNISSEでのBluetooth無線技術の利用については、Bluetoothの認証試験やBluetooth SIGへの製品登録といった正規の手続きを経たものになっています。すべてのBluetoothの製品は、必要であれば認証試験を実施し、Bluetooth SIGに製品登録を行って、はじめて製品として出荷できるような仕組みになっています。

生産数の少ない商品では費用・工数的に大変な印象もありますが、全体としては比較的低コストで機器の相互運用性を確保していくための施策をBluetooth SIGが取られている、ということのように思います。

今回のNISSEの場合も、承認の申請や認証試験での問題(問題は起きない方がもちろん良いのですが、試験の仕様側に問題があった場合の手続きなどもSIGで決められています)についても、Bluetooth SIGの方々にスピーディーに対応して頂くことができました。ちなみにエスリルにはBluetooth SIGからCompany ID 936(0x03A8)が割り当てられています。


対応デバイスについて


Bluetooth SIGに製品登録済みの製品同士であれば、基本的な相互運用性は確保されている筈ですが、実際にはデバイス側にもOS側にもバグなどが残っている、ということはありえることです。現在手元で動作を確認しているOSやデバイスには下記のようなものがあります:
  • iOS9: iPhone 5s
  • OS X El Capitan: Mac mini (2014)
  • Windows 10: XPS 12 (2012), VivoTab Note 8,  NUC DN2820FYKH
  • Windows 8.1: XPS 12 (2012)
  • Android 5: ZenFone 2 Laser
Bluetooth 4.xは、規格自体の更新ペースが速かったこともあり、OSについてはなるべく新しいものを使われることをおすすめします。NISSEについても将来何か問題が見つかった場合には、nRF51822側のファームウェアについてもお手元でスマートフォンなどから更新できるようにしてあります。

Linuxデスクトップについて: Linuxデスクトップに関しては、最新のFedora 24, Ubuntu 16.04.1 LTSなどでもまだBluetooth 4.xのキーボードについてはGUIからうまくペアリングができない場合があるようです。そういった場合でも、コマンドラインからであればペアリングできる場合もあります(Ubuntuの例, Fedoraの例)。


電池での使用時間


新しいNISSEは、USBからの給電に加えて、単3形電池2本で駆動できるようにしています。ただメイン制御基板でUSBマイコンを使用しているため、Bluetooth Low Energy専用のデバイスと比べるとどうしても消費電流が大きくなっている部分があります。

下のグラフは、TSAP内蔵タイプのNISSEをタブレットPCにBluetoothで接続して24時間電源をONにし続けた場合の、スタンダードモデルの単3形エネループ2本の放電電圧と放電時間の傾向を示したものです(実測値を基づいて傾向としてまとめたものです。実際の放電電圧と放電時間は使用状況等によって毎回多少変動します)。

放電時間と放電電圧の変化

エネループは1本あたりでは1.2V〜1.3Vの電圧を比較的長い時間維持した後、急速に電圧が下がっていくような傾向のあるニッケル水素電池です。新しいNISSEの場合は、12日目まで2本で2.4V以上を保ったあと、急速に電圧が落ちていくような傾向にあります。エネループの場合は、NISSEの電圧の表示(FN-F1で見ることが出来ます)が2.4Vを切った頃に電池交換の準備をしておくと安心かと思います。

なおグラフは24時間Bluetoothで接続し続けた場合の変化になりますが、実際にはスマートフォンなどのデバイス側が液晶をOFFにしてサスペンド状態に入ったことをNISSEに通知してきたり、デバイス側の電源が落とされてBluetoothの接続が切れたような場合には、NISSE側も消費電流を1/3程度に落とすようにしています。そのため実際には1回の充電で2週間以上使えるような場面も多いかもしれません。加えて作業が終わった後はNISSEの電源ボタンもOFFにするようにしていれば電池をより長持ちさせることができます。

なお、今回はBluetooth/USB兼用タイプということで、NISSEをUSBケーブルでメインのデスクトップPCなどにつなげていれば、NISSEには電池が入っていなくてもUSBポートから電源を取って動作します。


まとめ


というわけで、一昨年のUSB版のNISSEの開発当初からご要望を頂いていたBluetooth無線技術に対応したNISSEも今回お届けできることになりました。製品価格については、キーボードとしてはさらに高価なものになってしまいましたが、Bluetooth SIGへの製品登録に関わる費用や生産台数を考えると可能な範囲で抑えた価格に設定してあります。

USB版のNISSEも、製品化当初は部材費のコストが大きくMakersの2.3xルールに価格が収まっていませんでしたが、2年以上に渡って出荷を続けれられてきたことでかなり改善できてきた部分がありました。新しいBluetoothに対応したNISSEについても、このあたりは長いスパンで改善していければと思っています。

というわけで今回は以上です。 次回はもう少し近いうちに何か書ければ良いのですが、いまのところ予定は未定です。 :-)