Shiki’s Weblog

わたしの日本語表記のルール 2018 v2

2018/05/19

補足: 先月公開した「わたしの日本語表記のルール 2018 v1」を、一文をみじかく、かきあらためたものです。

はじめに

 梅棹忠夫さんの日本語のかきあらわしかた(表記法)は、とても特徴的です。漢字がひじょうにすくなくて、それでも、とてもよみやすいのです。梅棹さんの表記法を、いまではすっかり気にいっています。わたしも、梅棹さんのような表記法をつかえるようになりたい。そうおもって、一年あまりがたちました。

 梅棹さんは、あることばを漢字とかな、どちらでかくかを、あらかじめきめていました。そして、きめたルールを、げんみつにまもって文章をかかれていたそうです。その表記法のルールについては、いくつかの著書でかんたんにふれられています。けれども、そのルールをただマネしてみても、どうも梅棹さんの文章のようにはなりません。

 梅棹さんの表記法のルールを、よりくわしく再構築してみたくなりました。資料としては、全22巻にもおよぶ梅棹忠夫著作集があります。梅棹さんの著作には、つくられた時期によって、表記法がことなるものがあります。著作集では、そうしたものがかきあらためられて、全巻にわたって表記法が統一されています。

 じっさいに再構築をこころみてみると、なかなかたいへんなことがわかってきました。どんな表記法であっても、そのルールをつくりあげていくこと自体が、きっとたいへんな作業なのです。そこで今回は、自分のためのメモもかねて、いまつかっているわたしの表記法のルールをまとめてあります。

七つのルール

 いまは、文章をかくときに、つぎの七つのルールをできるかぎり、まもるようにしています。

  1. 代名詞、副詞、接続詞、感動詞、助動詞、助詞、ナ形容詞(漢語から和語にとりこんだ形容動詞)は、かながきにする。
  2. 漢語は漢字でかく。常用漢字を意識して、むずかしい漢字はさける。
  3. 和語はかなでかく。体言(名詞や数詞)と、一音の動詞で意味が判別しにくいもの(例:買う、飼う)には漢字をつかうこともゆるす。
  4. 文を『(補足部)-(補足部)-……-(補足部)-(述語)。』のように分解したときに、ながい補足部をさきに、みじかい補足部をあとにする。
  5. 読点がなくても意味がかわらない、がんじょうな文をかくようにする。がんじょうな文にならないときは、文をわけたりすることをかんがえる。
  6. ひらがながつづいて、よみにくくなったときは、あいだに読点をうつ。
  7. 文章の漢字使用率がたかくなりすぎないように注意する。(わたしは今年は、たかくても20%前後までを目標にしています。)

かんたんな説明

 ルール1.は、当用漢字の使用上の注意事項の「ロ」に、ナ形容詞をくわえたものです。梅棹さんは、「かんたん」とか「こくめい」といったことばも、ひらがなでかきます。その理由が、なかなかわかりませんでした。ふたとおりの理解の仕かたがかんがえられます。

i. 副詞的につかえるナ形容詞はかながきでよい、というところから応用する。ii. もとが漢語でもナ形容詞はすでに和語に同化しているとみなして、ルール3.をつかう。

永澤済さんの「漢語「―な」型形容詞の伸張:日本語への同化」をよむと、ii.のかんがえかたが、すっきりしているようにおもわれます。

 ルール2.は、梅棹さんが著書などにかかれているままです。2010年の改定常用漢字表に追加された漢字は、おおくのひとが、むずかしいと感じるそうです。NHK漢字表記辞典では、常用漢字表にあっても、むずかしい漢字はかながきにする、という方針をうちたてました。そういったセンスも、たいせつになってきていそうです。

 ルール3.も、梅棹さんが著書などにかかれているままです。文のなかで、ひらがながずっとつづくと、よみにくくなることがあります。そういうときにも、このルールをつかうことができます。

 ルール4.の語順のおはなしは、本多勝一さんの『日本語の作文技術』がくわしいです。本多さんは、わかいころ、梅棹さんに作文の仕かたをおそわったことがあるのだそうです。ただ漢字のつかいかたについては、梅棹さんとだいぶちがいます。そのため、この本の内容そのままでは、うまくいかない部分があります。

 ルール5.は、丸谷才一さんのつぎの名文の内容をかりてきたものです。

究極的に重大なのは、たとへ句読点をすべて取払つてもなほかつ一人立ちしてゐる頑丈な文章を書くことなのである。(『文章読本』, p328)。

野内良三さんは『日本語作文術』のなかで、「正順で書けば読点は不要」(p54)とかかれています。ルール4.をまもっていれば、ルール5.もまもりやすくなります。また、このルール5.ができていないと、つぎのルール6.をつかうことができません。

 ルール6.は、わかちがきのかわりに読点をつかう、というルールです。本多さんは『日本語の作文技術』のなかで、そういう読点はダメだとかいています。読点を安易につかうと、文の意味がかわってしまうおそれがあるからです。けれども、もとの文ががんじょうなら、たいてい、そういう問題はさけられるはずです。ルール5.は、そのためのものです。

 梅棹さんは、「ほとんど気にせずに読点を打っている」とも、いわれていたようです。どこに読点をうってもだいじょうぶなほど、かんじょうな文章をかかれていた。これは、そういうことの、うらがえしかもしれません。

 ルール7.の漢字使用率は、まえの六つのルールをまもっていれば、しぜんとさがります。梅棹さんも、ひくい漢字使用率はただルールをまもった結果、といういいかたをされています。けれども、ことばえらびには、とてもこだわられていました。(『分類語彙表』のことをかかれています。)かなにひらくことのできない漢語をおおくつかっていると、漢字使用率もたかくなってしまいます。そういうときは、耳できいてわかる、やさしい、ひらがなのことばに漢語をおきかえられないか、かんがえます。

おわりに

 梅棹忠夫さんの表記法は、漢語は漢字、和語はかなでかく、というほど、たんじゅんではありません。作文の仕かたから気をつけていないと、うまくいかない部分もおおいようです。本多さんや野内さんのおかげで、語順についても、ルールがきめられることがわかりました。それらもあわせて、自分なりにまとめてみたのが、今回の七つのルールです。

 さいきんは、ベストセラー本なども、あまり漢字をつかわずにかかれていたりするようです。作文の本をみてみると、たいてい漢字のひらきかたを説明してあります。文章のなかの漢字使用率をさげようという意識は、いまでもよくのこっているようです。(梅棹さんほどでは、ないかもしれませんけれども。)文学系のひとやデザイン系のひとは、おおくの本をよんで、そうしたことをセンスとしてみにつけているのでしょう。けれども、理科系のひとには、ルールベースのほうがわかりやすいかな、とおもったりしています。「知の巨人」とよばれた梅棹さんも理学博士でした。

参考資料