Shiki’s Weblog

小中学生にもふさわしいキーボードの新しいかな配列の考察とその一案

2017/01/27

注)今回は専門的な内容もあって「である調」 で書いてあります。一部敬称も省略させて頂きました。 2017.2.16 一部改定(打鍵効率の表と説明、およびスマホ用UIの図と説明を追加)。

 子どもがひとり1台ずつコンピューターを持つことが現実的になっている一方で、日本語の入力方式として現在主流のローマ字入力方式は特に小中学生にはハードルが高いことが明らかになってきている。本稿ではローマ字入力の代わりとなるような、小中学生のときから将来まで使用するのにふさわしい新しいキーボードのカナ配列について考察し、その一案を提示する。

はじめに

 今日では日本人がキーボードで日本語を入力する場合、各種調査から約9割の人はローマ字入力を利用していると考えられる。そのため、小学校でも第3学年からローマ字を教える機会が設けられるようになっている[参考:小学校学習指導要領解説 国語編]。しかし、文部科学省の2014年の情報活用能力調査の結果によれば、『 ローマ 字入力に関して、小学生については,濁音・半濁音,促音の組合せからなる単語の入力に時間を要している傾向』が見られ、1分間当たりの文字入力数の平均は、小学生で平均5.9文字、中学生で平均17.4文字と報告されている。ローマ字入力については、大学生でも「拗音の表現に困っている様子がしばしば見受けられる」という報告もある。

 コンピューターが手書きよりも便利な作文のため道具として有効に活用されるためには、約70文字/分程度の入力速度を得ることが必要となる。OLPCのような活動を通じて、子どもがひとり1台ずつコンピューターを持てるようになってきている今日、1970年代日本語ワープロに対して掲げられていた「入力速度が手書きより速いこと」という目標は、小中学生でも十分に達成可能な方式であることが望まれるであろう。文部科学省の調査結果は、ローマ字入力方式ではそれが困難なことが強く示唆さているように思われる。

キーボードを使った日本語入力方式の歴史

 現在のJISキーボードのカナ配列は、1923年にバーナム クース スティックニーが考案したカナモジカイのタイプライター用キーボードがその原形となっている。スティックニーの配列の原則は下記の3点であった:

  1. 小書き文字は字母と分離ぜず最上段に置く。
  2. 濁点の付く仮名は左側に、濁点キーはその反対側に置く。
  3. 仮名は五十音図の行ごとにまとめて配置する。

 また、出現頻度の低いカナはシフト面に割り当てられていて、現在のJISキーボードとは異なり、右手小指を伸ばさなくても打鍵できるように作られていた。

スティックニーの配列(米国特許第1549622号)スティックニーの配列(米国特許第1549622号)

 現在のJISのかな配列は、スティックニーの配列で主にシフト面にあった文字を右手小指のノーマル面に移動したものである[参考:キー配列の規格制定史日本編]。この移動によってシフトキーを使う頻度は減ったものの、スティックニーの原則3がやや破られ、右手も酷使される結果となった。そのためJISかな配列は、スティックニーの配列を覚えにくく、打鍵しにくく改悪したもの、という認識がなされている。

 JISかな配列のこうした問題を受けて、 JISかな配列に代わるかな配列として、その後、

が考案され、市場に投入された。この内、親指シフトは1980年代前半にはワープロ市場でシェア1位を占めるに至っていた。しかしながら、現在では各方式とも熱心な利用者に使われる程度にとどまっている。

 市販ワープロにローマ字入力を最初に取り入れたのは、1980年のキヤノワード55であった。ただしローマ字で日本語の文章を書いたり、タイプしたり、と言うこと自体はローマ字論と共に明治時代からあった。また、QWERTYキーボードの代わりに、ローマ字入力に適したアルファベットの配置を取り入れたM式も1983年に市場に投入されたが、現在では製品としてはほぼ終息していると考えられる。

 キヤノワード55が260万円といった時期に、QWERTYによる英文タイプのタイピストが国内に既に数多くいたことは、ローマ字入力方式の定着に拍車をかけたであろうと長澤は考察している。1984年にキヤノンはワープロのシェアでそれまで首位だった親指シフトの富士通を抜いて1位に立っている。そしてキーボードを使った日本語入力では、現在までローマ字入力が主流となっている。

かな入力方式の課題

 英文タイピストもローマ字入力方式のワープロであれば容易に和文タイピストとしても活躍できる、という利点は十分に理解できるものである。その一方で、一般の人がローマ字入力を使うようになっていったのはどのような理由からだろうか?

 M式の考案者森田博士は、『新JIS方式や親指シフト方式などの仮名文字入力方式が、「記憶負担量が大きい」という欠点をカバーするに足るだけのメリットを(略)見出し得ないのではないか?』という疑問を提起していた。

 森田博士の考案された「キー配置の記憶負担量」の計算方式によって、日本語について記憶負担量を改めて計算すると、下記の表のようになる(値が小さいほど覚えやすい)。

配列 記憶負担量
スティックニーの配列 80
50音順かな配列 81
ローマ字入力 86
JISかな配列 99
親指シフト 220
新JISかな配列 290
TRONかな配列 325

 50音順かな配列はキーボードにあ行から順に並べた配列で、高速入力には向かないものの、初心者向けの電子機器等で現在でも採用されることがある。これはキーボードを年に数回しか使わないなら「50音順でいいという考え方もあることはある」と述べられている通りであろう。なお、単純なように思われる50音順かな配列であるが、スティックニーの配列は原則2があるため、記憶負担量では両者の差はみられない。

 JISかな配列は、記憶負担量でローマ字入力よりやや劣っている。これは多くの人の直感にも合うところであろう。スティックニーの配列は、記憶負担量ではローマ字入力よりも優れており、JIS配列での配列の改悪の影響も小さくはなかったように思われる。

 後続の一連のかな配列は、森田博士の指摘する通り記憶負担量では大きくローマ字入力に劣っており、ワープロが安価になり、タイピストのような訓練を受けていない人たちも利用する道具になったときに、配列の並びを見ただけで購入時のマイナス点となった、ということは十分にあり得ただろう。

新しいかな配列の考察

 特に小中学生にとっては、ローマ字が日本語をキーボードで入力する上でのハードルとなっていることが明らかになってきた。その時期に、コンピューターのキーボードは、手書きよりも遅い不便な道具という認識ができることは避けるべきことのように思われる。ローマ字入力よりも覚えやすく、実用的なかな配列の研究は改めて重要になっているのではないだろうか。また、「年に数回しか使わないなら」、「短文しか入力しないなら」、といった仮定をすれば、今日では音声入力やフリック入力といったカジュアルな方式が普及してきている点についても注意を払う必要があろう。

 前節の記憶負担量の表で見た通り、キー配置の記憶負担量でローマ字入力と同等かあるいは下回るには、スティックニーの方式のように五十音との関連付けをうまく活かした方式がもっとも有望であろう。しかしスティックニーの配列も、キーボードの4段すべてを使うと言う点では問題を指摘されてきたJISかな配列と変わらない。そこで、スティックニーのすべての原則をなるべく活かした3段のかな配列をコンピューターの計算により求めると、一例として下のような配列を得ることができた。

ノーマル面
ゆよおあえ やつりなに
てかしたと んうい゛の
はこすくき れる、。を
シフト面
ゅょぉぁぇ ゃっめみぬ
ちさらせけ もぅぃわま
ほふひそへ ろむ゜ーね 

 キーボードの3段のみでは、スティックニーの原則1のため、打鍵効率についても考慮して配列を計算で求めると、キー数に余裕がなく原則3の適用はなかなか困難なことがわかった。この配列の記憶負担量は120となっている。打鍵効率では、ホーム段の性能が支配的となる傾向は見られるが、新JIS配列との比較では「え」など出現頻度の低い文字もノーマル面に来ることから不利になっている。

 そこで、小書き文字については、字母を打鍵した後に濁点キーを押して小書き文字化する小書きキー方式についても評価を行った。小書きキー方式はフリック入力ではよく使われている方式であり、今回は、濁点キーに対してローリング打鍵(片手を回転させるようなイメージで、キーを一方向に一気に打って行くような打鍵方法)がしやすい位置に「やゆよ」などの字母を配置するように考慮した。

 スティックニーの原則1の代わりに小書きキー方式を採用して、スティックニーの原則2を活かして計算により求めた3段のかな配列に、原則3がよく当てはまるように人為的に多少の調整すると、下のような配列を得ることができた。

ノーマル面
つとこくけ やゆよなに
たはしかて んうい゛の
そせすきさ っれ、。を
シフト面
 ちぬね  むめおまみ
゜ひふへほ わるりあも
      ろらえー?

 下の表は、「めくらぶどうと虹」を入力するときの、各配列の打鍵数等を示したものである。この表の打鍵効率は、総打鍵数(シフトキーを含む)を、ひらがなに戻した「めくらぶどうと虹」の文字数で割った数値としている。スティックニーの配列は他方式と違いキーボードの4段すべてを使っている、といった点については考慮されていない。あくまで配列評価の上でのひとつの目安にすぎない、という点は注意されたい。その他の文章を入力した場合の打鍵効率などは、打鍵効率の目安のページで調べられる。

配列 記憶負担量 打鍵数 打鍵効率 交互打鍵率 連続シフト数 同指異鍵 同手同段異指
スティックニーの配列 80 3,260 1.18 58.8% 9 306 153
ローマ字入力 86 4,864 1.76 47.5% 0 318 406
親指シフト 220 4,004 1.45 51.2% 0 245 153
新JISかな配列 290 3,560 1.29 58.8% 96 232 209
TRONかな配列 325 3,392 1.22 57.4% 79 223 121
上記の配列案 87 3,585 1.29 55.0% 168 174 276

 上記の配列案のキー配置の記憶負担量は87で、ローマ字入力と比べて記憶負担量での差はない。また打鍵効率では、連続シフトの使用率は高くなるものの、高速入力を狙った新JIS配列と同レベルの性能を得られるようである。連続シフトは、シフト面のキーを続けて打鍵するときにシフトキーを押したままにする打鍵方法で、たとえば、「ありました」と入力するときに「ありま」までシフトキーを押したまま入力すると打鍵効率を上げることができる。そのため実用では、新JISで考案された、キーボードのスペースバーをシフトキーとするセンターシフト方式を用いることが望まれる。またアクセシビリティの面から、シフトキーは、やはり新JIS配列で考案されたプレフィックス シフト方式についても利用できるになっていることが望まれるだろう。

 この新しい配列案は、計算機のプログラムによって最適解のひとつとして求められた配列に、スティックニーの原則が当てはまるように人為的に調整を加えたものである。スティックニーの原則のような事前の制約条件があると、計算機のプログラムによって効率の良い配列を求める際に一般的には難しいとされている総当りでの判定が比較的短時間で可能となる。こういった計算配列では、任意の配列の良し悪しを評価するスコアリング方法の妥当性が重要になるが、ここではMTGAPの方式を参考にしたスコアリング方法を用いて計算を行った。別のスコアリング方式を用いれば、また異なる配列が得られる可能性は高い。しかし、最終的に計算上の打鍵効率を多少落としてでも、スティックニーの原則3を優先することを重視するのであれば、オーバーアナライズとなるしきい値は意外と低いように思われる。

新しい標準の必要性

 大岩は1988年当時、「標準化すべきことはキーボードを計算機につなぐ接続方法である」とし、それが実現できれば、「ユーザーは自分の使い慣れたキーボードと入力方式を,いつでも使いたい計算機環境で使うことができることになる」と述べられていた。

 接続方法の標準化は今日ではUSBとBluetoothによって実現し、 大岩の述べた通りスマートフォンからPCまでどのデバイスとでも親指シフトでもTRONかな配列でも好きな配列を使って日本語を入力するようなことが技術的にはできるようになった。6種類の日本語入力方式を選択可能なエスリルのキーボードNISSEでは、親指シフトでの利用者が25%に達していて、大岩の予想は正しかったと言えるだろう。

 しかしそれでも、小中学生までキー配置が生徒ごとにバラバラという状況はなかなか想像しがたい。結果的に手書きよりはるかに不便な状況で子どもたちがローマ字入力でコンピューターを使っている状況を改善するには、もう少し強い標準化が望まれるのではないだろうか。下図は提案したかな配列の刻印を五十音の行ごとに色分けした例である。幼児用の五十音やひらがなの学習のための玩具には様々なものが見られる。その中でスティックニーの原則によるかな配列のキーボードは、玩具としても成り立つ可能性が他方式よりも大きいように思われる。おもちゃとして幼児期から五十音の各行の大まかな位置だけでも覚えていれば、といった想定は他方式ではきわめて困難であろう。しかしそういった安価な商品の多様化のためには、やはり配列の標準化が望まれるものと思われる。

新しいかな配列の刻印の色分け例新しいかな配列の刻印の色分け例

 またこのかな配列をベースにしたスマートフォン用のユーザーインターフェイスのイメージを下図に示す。キーボードのデザインをベースとしたスマートフォンやタブレット用のユーザーインターフェイスについては、海外では色々な方式が研究開発されているが、そういった新方式が日本語にも応用できる、という点も新しいかな配列のメリットのひとつとなろう。

スマートフォン用ユーザーインタフェイスのイメージ(例)スマートフォン用ユーザーインタフェイスのイメージ(例)

おわりに

 「日本人はキーボードに慣れていない」といったことが真剣に議論された1980年代から40年近くが経ち、日本人がキーボードを使用すること自体は子どもから大人まですっかり日常的なことになった。一方で日本人のタッチタイプの習得率の低さはなかなか改善されず、英語教育とローマ字(入力)教育の関係についても研究がなされてきている。親指シフトの開発者である神田泰典さんは「日本人は日本語をカナで表記し、ローマ字を使っておりません」と述べられているが、あらためてかな入力方式について小中学生のときから利用するものとして検討を行う時期ではないだろうか。

 本稿ではJISかな配列の原形であり、総合的に現在のJISキーボードよりも優れているとされる、スティックニーのかな配列で考案された配列設計の原則を用いて、キーボードの3段にかなを配置した新しいかな配列について考察を行い、一案を提示した。

付録

 Windows上で提案した新しいかな配列を使用するためのソフトウェアをGitHubで公開しています: ニュースティックニーかな配列, https://github.com/esrille/new-stickney